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怒涛の一週間・覚え書き 


2014.04.28
Mon
02:02

4/24
18:16 弟より父親が救急搬送されたという連絡。下野市のI病院に搬送されたが手の施しようがなく、J大学病院に転送された模様。
19:30頃 横浜より栃木に向かう。
22:00頃 J大学病院着。父親、呼びかけには反応するが、意思表示はできない模様。病名は急性腎不全による尿毒症。人工透析を開始。
26:00頃 緊急の処置が終わり、実家に戻り宿泊。

4/25
10:00 J大学病院へ。父親、呼びかけには反応するが、呼びかけの内容を理解しているかどうかは不明。
13:00頃 母親(肺疾患のため24時間酸素吸入をしなければならない状態、老人性痴呆もちょっと有り)の介護および施設入所に関する相談を支援センターと行う。
14:00~ 父親入院のための用品買出し等であちこちウロウロ。
16:00頃 入院のための用品をJ大学病院に届ける。主治医から現在の状況、今後の治療方針、見通しに関する説明を受ける。
18:00頃 母親に食事を届ける。
19:30頃 いったん、横浜の自宅に帰宅。

4/26
11:30 横浜から栃木に向かう。
14:30頃 自活できない母親の生活状況を確認。
15:30頃 母親主治医に病状および治療内容、通院サイクル等を確認。
16:30~ 母親生活のための用品購入等にウロウロ。
18:00頃 父親見舞い。前日よりは血色もよく、目に力が戻ってきた模様。
19:00頃 実家着。
21:00頃 越後屋、越後屋嫁、母親と食事。
23:00頃 越後屋嫁、母親就寝。
24:10頃 越後屋就寝。

4/27
8:00 越後屋、越後屋嫁、実家にて起床。
8:15頃 いつもならば起床している母親の姿が見えないため、寝室に確認に赴いたところ、母親が倒れていることを確認。呼びかけ叩く等をしたが反応無し。手は冷たく脈は確認できず、硬直が始まっている模様。
8:20頃 119番通報。続いて弟、叔父に連絡。
8:40頃 救急隊到着。蘇生を試みるが手の施しようがない模様。病院での病死ではないため、県警の検視を受けることに。
9:30頃 県警到着。検視および事情聴取開始。
10:30頃 叔父に父親の見舞いに行ってもらう。主治医との相談で、しばらく母親の死を父親には伝えないようにする事に。
11:00頃 検視および事情聴取終了。事件性は無く、病死と断定。
13:30頃 葬儀社に連絡。
14:30~ 葬儀社担当者と葬儀に関して打ち合わせ。父親が葬儀に出られないため喪主となることに。29日通夜、30日告別式と決まる。平行して親類と協力し両親の身辺整理を行う。
15:00 弟、父親の見舞いに。かなり意識ははっきりしてきており、問いかけに対し明確な返答をするようになった模様。が、若干の記憶の混乱は残っている模様。
17:30~ 実家地域の顔役が集まり、葬儀に関する相談。
19:45頃 喪服等が自宅にあるので一旦自宅に向かう。
22:30 自宅着。



時刻に関してはうろ覚えの部分が大きいため、若干正確性にかけることをお断りする。
以降、気が向いたら書き記す…。

category: 日常

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4/2418:16 弟より父親が救急搬送されたという連絡。下野市のI病院に搬送されたが手の施しようがなく、J大学病院に転送された模様。19:30頃 横浜より栃木に向かう。22:00頃 J大学病院着。父親、呼びかけには反応するが、意思表示はできない模様。病名は急性腎不全による尿毒症。人工透析を開始。26:00頃 緊急の処置が終わり、実家に戻り宿泊。4/2510:00 J大学病院へ。父親、呼びか... 梓尤稀わぁるど ~戯れ言~【2014/05/05 14:21】

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